東京高等裁判所 昭和47年(ネ)2300号 判決 1973年4月25日
主文
(一) 本件控訴をいずれも棄却する。
(二) 控訴費用中第一審原告につき生じた分は同人の負担とし、第一審被告につき生じた分は同人の負担とする。
事実
第一審被告訴訟代理人は、昭和四七年(ネ)第二、三〇〇号事件につき、「一、原判決中第一審被告敗訴部分を取り消す。二、第一審原告の請求を棄却する。三、訴訟費用は第一および第二審とも第一審原告の負担とする。」旨の判決を求め、昭和四七年(ネ)第二、四三八号事件につき、控訴棄却の判決を求め、第一審原告訴訟代理人は、昭和四七年(ネ)第二、四三八号事件につき「一、原判決を次のとおり変更する。二、第一審被告は第一審原告に対し、原判決別紙目録記載の建物を明け渡し、かつ昭和四四年六月一六日から明渡済までの一ケ月金三万円の割合による金員を支払わなければならない。三、訴訟費用は第一および第二審とも第一審被告の負担とする。」旨の判決および仮執行の宣言を求め、昭和四七年(ネ)第二、三〇〇号事件につき、控訴棄却の判決を求めた。
当事者双方の主張および証拠関係は、左のとおり付加訂正するほかは原判決書事実摘示欄の記載と同一であるからこれを引用する。
(一) 第一審被告の主張
1. 第一審原告は、昭和四五年八月六日本件建物を訴外佐藤ふき子に贈与し、同訴外人において本件賃貸借における賃貸人の地位を承継した。したがつて、本件賃貸借契約解約の申入れがなされた頃、第一審原告はもはや本件建物の所有者ではなく、したがつて本件土地の賃貸人としての地位を失つていたから右解約申入れは効力を生じない。
2. 仮に第一審原告が右解約申入れ当時賃貸人であつたとしても、同人は現在月収九万円以上を得ているうえ、扶養家族は妻と幼児一人であるから、アパート等の賃借により支障なく生活しうるほか、訴外佐藤ふき子の居住部分に同居するか、同家屋(本件家屋に隣接する母屋)二階の賃貸中の二戸分のうち一戸部分の明渡しを求めてそこに居住することもできる。これらの事実も本件解約申入れの正当事由の判断につき考慮されなければならない。
(二) 第一審原告の主張
1. 第一審被告の当審における主張1.の事実を否認する。本件建物につき訴外佐藤ふき子のため所有権移転の仮登記がなされていることは事実であるが、未だに所有権移転はなされていない。したがつて、賃貸人の地位の承継もない。
2. 右同2.の事実中第一審原告の月収額を否認する。同人の月収は現在残業時間三〇時間分の手当を加えて手取り八万一、〇〇〇円位になることもある程度であるが、残業三〇時間は毎月行えるものではない。
その他、本件賃貸借契約の解約申入れの正当事由に関する第一審被告の主張は争う。
(三) 証拠関係(省略)
理由
当裁判所は左のとおり付加訂正するほかは、原審裁判所と同一の理由により、第一審原告の請求を原判決が認容した限度で正当として認容すべきであり、その余を失当として棄却するのを相当と認めるので、原判決書理由欄の記載をここに引用する。
(一) 原判決書一九丁表九行目末尾に、「当審において取り調べた証拠にも、右認定を覆えすのに足りるものはない。」を加える。
(二) 原判決書二一丁裏七行目から八行目にかけてのかつこ書部分を削り、これに代えて「(当審における第一審被告本人尋問の結果によつて真正に成立したと認めうる乙第三九号証および同第一審原告本人尋問の結果を総合すれば、第一審原告はその勤務先から昭和四七年八月または九月分給与として残業手当二〇時間分を含め、税込み金九万二、〇〇〇円前後を受けていたが残業手当額には変動があり、昭和四六年八月頃から昭和四七年二月頃までの期間中の右給与額は平均的には残業手当分を含め、税込み金七万円前後であつたであろうことを推定しえられる。)」を加える。
(三) 原判決書二二丁裏一一行目末尾に「当審における第一審被告本人尋問の結果中には、移転先につき同人が不動産業者を通じて捜したところ、渋谷・青山地区には適当な物件がなかつた旨の供述があるが、前記認定のとおり第一審原告側では渋谷駅近くに一戸建で本件家屋に近い間取りの貸家二、三例を見出して第一審被告に紹介している事実に鑑みると、右供述は真実に即したものとは思われないので、これを採用しない。
また当審における第一審被告本人尋問の結果中には、同人の渋谷駅前の営業による収入は一ケ月の売上高が金二〇万円であるが、店舗改造費等の借入金返済および生活費等を差し引き一ケ月一万円ないし二万円程度の剰余金しか残らない旨の供述があり、右本人尋問の結果により真正に成立したと認められる乙第三七号証の一ないし六には右供述内容を裏付ける記載もあるが、右供述自体からしてもその生活の程度によつては右営業内容をそれ程不振なものであるとはいえず、第一審被告本人尋問(第三回)の結果中における前記営業その他の収入が一ケ月金三四万ないし三五万円で、純益は平均金二〇万円位である旨の供述とはその内容において著しく相違するとはいえない。以上のほか当審で取り調べた証拠で右認定を左右するものは存在しない。」を加える。
(四) つぎに前出第一審被告の当審における主張1.について判断する。
成立に争いのない乙第三六号証によれば、本件建物につき第一審原告主張のとおりの所有権移転仮登記がなされている事実を認定しえられるが、右登記が第一審被告主張のとおりの贈与によるものであることの証明はなく、右仮登記の存在から本件土地賃貸借上の賃貸人としての地位が右仮登記権利者に移転したことを推定することもできず、第一審被告のこの点に関する主張は採用できない。
(五) 最後に前出第一審被告の当審における主張2.について判断する。
本件土地賃貸借契約の解約申入れの日と解される、昭和四五年八月二日から六ケ月間における、第一審原告の収入が残業手当を含め税込みで一ケ月平均して金七万円前後になることはすでに認定したところである。したがつて、第一審原告が本件家屋からの賃料収入をその母親の生活費に当て、給与収入から諸税、諸雑費を差し引き前出引用にかかる原判決認定のアパート代を支払つて同認定の家族の生活費をまかなうことは甚だ困難であるばかりでなく、右認定の台所付八畳一間のアパートで生活することを期待することも酷である。
また、現在第一審原告の母親である訴外佐藤ふき子の住居は前認定のとおり、六畳二間、約八畳の洋間、三畳の納戸から成るとはいえ、通風、日照状態が悪く、間取りも悪いので幼児をもつ若夫婦がこれに右母親と同居することはできないわけではないが、これを求めるのは、著しく不健康かつ不自由な生活を強いることになるであろうことは、成立に争いのない甲第六号証および原審における被控訴人本人尋問の結果によつてこれを知ることができる。したがつて、以上諸般の事情に加えて第一審原告に立退料金三〇万円を提供させることを考慮すると、第一審原告による本件賃貸借解約申入れには正当事由があるものというべきである。
以上の次第で、原判決は相当であるから、これを取り消しまたは変更すべきことを求める本件控訴はいずれも理由がないから棄却すべきである。
よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九五条および第八九条を適用して主文のとおり判決する。